ニートワークエンジニア

浪人、留年、休学、中退、ニート、エンジニア。回り道人生を謳歌中

関心と自己肯定感

例えば流行りの音楽に興味をもてず、結局学生の頃から聴いている曲をリピートしていたり、知らない飲食店に入っても特別美味いと感じることもなければ、より美味しいものを食べたいというモチベーションも沸かない。明らかに新しいものに対する感性が鈍くなってる。

まあ思い返せば、子供頃から無邪気にはしゃげるタイプではなかった。本当に心の底からワクワクしたことが無いのならそれはそれでなかなか悲しい人生だが、おそらくはそういう気持ちを自分自身で認知することが苦手なんだと思う。

好きなことをするには、お金や時間などのリソースの問題もあるが、まずは自分が何に関心があるのか知っていることが大前提だ。「自分が好きなことは自分しかわからない」のだから「自分が好きなことを自分は知っている」のは当たり前だと思いがちだが、これは大きな罠だろう。これまでまんまと騙された。

もちろん今でも好きなアーティストや作家、仕事に対するこだわりなど、関心の対象は無数にある。なのにそれを全力で肯定できない。「好きならやればいいじゃん」と言われて「別に...」という言葉が口から出かけるほどに、自分の気持ちに自信が無い。まったくもってダサい男だなと思う。

特に具体的なエピソードは思い浮かばないが、もしかすると自分の趣味を否定されたトラウマを無意識に抱えているのだろうか。匿名のSNSですら抽象的な言葉しか吐き出せないのもそれが理由かもしれない。

ということを考えていて思いついたのが、これが本当の意味で「自己肯定感が無い」というやつなのではないかということ。

自分のスキルや仕事の成果に自信が無いわけではないけど、そんな客観的に評価しやすいものを名刺にしているだけでは一向に強い自己肯定感は得られないのではないか。第一、人間としてつまらない。というかそれはただの「スペック」であって、そんなの人間である必要が無い。

自分の関心に真っ直ぐな人が羨ましい。たとえ履歴書に書けるようなスキルや経験が無くとも、そういう人こそ強い人間だと思う。

チープな出会いと別れ

去年の12月に某マッチングアプリで知り合った人と、昨日お別れした。

タイミング的には「コロナ別れ」だけど実際そうかもしれない。会う頻度が減ったのは確実にコロナの影響だけど、それでもなんとも思わなくなっていた僕の甲斐性の無さが原因なので、まあ結局のところ僕が悪い。相手に必要とされないと感じたらそりゃ寂しいし、一緒にいる意味がないのはよくわかる。よくある理由で振られるくらいには、僕もよくいる男になったということだろうか。

それにしても、今回の件で自分のことがますます信用ならなくなった。付き合った当時はすごく好きだったはずなのに、正直今はそのときの感情を思い出せない。今まであまり熱したことが無いというだけで、自分が思っているよりも「熱しやすく冷めやすい」人間のようだ。

思い返せば不満というか、もう少し手ごたえが欲しいなと思うことはあった。真面目で素直なとても良い人だったけど、意見が常識的過ぎるところがあって、時間が経つほどに「この人ならなんて返すだろう?」という会話のワクワク感を失っていった気がする(そういう傲慢な態度で相手を見ているわけだから、僕はもうこれ以上他人と深く関わらない方が良いかもしれない)。

言い訳がましいけど、出会いのきっかけがマッチングアプリであることも要因としてはあると思う。わりと簡単に何人もの人と会うことができるので、良くも悪くも「比較」ができてしまう。見るからに美人でモテそうな女性が嫌でも目に付くが当然そんな人とまともにマッチするはずもなく、「この人ならいけるかな...」という妥協感が加速していく。口では「キミしかいない」とか言ってみても、それは比較検討した結果の最良(最高ではない!)の選択でしかないはず。

それでもうまくカップルはうまくいくし、アプリはただのきっかけに過ぎないのかもしれない。実際4人に1人がそういう出会いから結婚するとも聞くし、それで幸せになる人を生み出しているなら素晴らしい仕組みだと思う。ただ、アプリで結婚したカップルの離婚率は気になるところだ。出会いがチープになると別れも簡単になるように思えてならない(バツイチの女性と会ったことがあるが、そういうパターンだった)。

こんなことを書いているのは、この新しい出会いと別れの形を一般化して、自分がただのクズ男だということをカモフラージュしたいだけなのかもしれないな。

何も無い休日

外出制限でバンド活動はできなくなってしまったけど、元々引きこもりがちだしやることも無いしで、以前と特に変わらない休日を過ごしている。

引っ越しをしようと思い物件検索サイトを自分で作ったりしていたが、自分が使うだけなら十分なものがすぐできてしまい、久々の開発欲求は一瞬で冷めてしまった。

今は興味のある技術分野も特別無いし、まず目的も無くただ勉強するということが苦手である以上、先に目的を見つけるべきなんだけどそれも簡単には見つからず、結果「何も無い休日」となってしまっている。

ところで、最近「キュウソネコカミ」というバンドをよく聴いている。

これまではノリ重視のコミックバンドなのかと思ってなんとなく避けていたけど、よく聴くと歌詞の内容がよくまとまっていてどの曲も説得力があり、明るい曲調でも微妙に切なさを感じるフレーズがあったりして、今更だけどすっかりハマってしまった。

ちなみによく比較されるバンドとして「ヤバT」がいるけど、あれ良さはよくわからなかった。歌詞がどこまで本気なのか、何に共感して欲しいのかが全然伝わってこない。多分、歌詞に意味を求めてはいけないバンドなんだろう。

一方でキュウソネコカミの曲はわかりやすい。わかりやすいけど誰もがわかる内容というわけでもなく、刺さる人には刺さるという感じ。非モテの男子高校生が峯田和伸に傾倒するのと似ているかもしれない。冴えない大学生や社会人が抱える漠然とした不安や苛立ちみたいなネガティブな感情を、わかりやすい言葉で叫んでくれるところにグッと来るんだろう。

棘のある詞も、全否定ではなくどこか可愛げがあったりして、憎めない感じがする。なかなかズルいバンドだなと思う。

それでも僕ら息をして毎日なんとか生きてる
独りで夜道をランニング今日も
時計の針ばかり見て夕方になると憂欝
何かしないとな
愛する人も居なくて周り見ちゃうと憂欝
何かしないと何かしないとな
何もない休日
わぁーってなって不安定わぁーってなって不安定
わぁーってなって不安定今日も

「わぁーってなる」としか言いようのないこの感情なんて、まさに今日も何の生産性も無く、連休をダラダラと過ごし、今更焦っている僕そのものだったりするから本当好き。